16.10.29 (3/3ページ)
Vol.1

現代のネオクラシックが
次の時代のクラシックになる。

登場したのは、工場の片隅で常温の環境で熟成された
3年モノの酒粕だった。
夏の暑い時も、冬の寒い時も、厳しい気候の中で耐え忍んだ
この酒粕の麹菌たちはどうがんばってきたのか?

茶色く変色し、もはや一見しただけでは酒粕かどうかさえ不明だ。しかし、勇気を持って試食したその風味はこれまでに体験したことがないほどにパワフルで素晴らしく、プラムのような香り、味わいを感じ、ちょうど新しいプレミアムシリーズに加えるアイテムについて「エスコヤマのスタンダードを超える“とびきり感”を、何でもってを表現するか」を考えていた私は「これだ!」とすぐにアイデアが閃いた。

その賭けは見事に成功し、3年の歳月の中で自然のエネルギーを存分に蓄えた酒粕は、イメージどおりにプラムを中心とする組み合わせに変えた数種類のドライフルーツに極上の濃厚な風味と甘みを添えてくれた。これまで、酒蔵の人さえ見向きもしなかった熟成酒粕に私が興味を持ったのは、発酵し、熟成が徐々に進むに従い、味と香りがどんどん増し、深まっていく様子がカカオのそれととてもよく似ているからだ。これはカカオと相性がいいはず。そして、ほかのお菓子にも利用できるはず…

これまで常識にはなかった何かが見出され、
そして世の中へと広がっていくと、それは
未来の世界では当たり前のこと=クラシックになっている。

料理の世界でかつては存在しなかった真空調理などの技術がもはや当たり前の常識となっているように、こうした熟成酒粕の使い方がお菓子の世界でもクラシックになる日はそう遠くないような予感がしている。


毎年、秋から冬にかけてはさまざまなショコラをみなさまに披露する季節がやってくる。今年も様々な国を訪れ、多くの人やお菓子、料理に出会い、また個性的な食材ともたくさん巡り合ってインスパイアされたことで、昨年の3倍近い65作品ものショコラを作ってしまった。さらに、その中から厳選して出品した32作品がICAのコンクールで入賞を果たすことができた。もちろん受賞すること自体は嬉しくはあるが、最近はそれほどこだわらなくなってきた。以前は受賞を逃すととても悔しい気持ちになったが、今は人と競争することにはあまり興味がない。興味があるのは、自分自身が年齢を重ねていく中で、その歳に相応しい、前年のクオリティを超える作品が創れているかどうか、ということだ。

今年、そのクリエイションの後押しをしてくれたのは、日々の暮らしの中から得たインスピレーションに加えて、三田の風や光や、水や土の存在がある。今年はこれまで以上に、“人の手によるもの”をはるかに凌駕する自然の力を感じた年だっただけに、それがお菓子やチョコレートのデザインにも現れているように思う。よくミュージシャンの友人とも話をするのだが、ジャンルを問わず先人がヒットさせた「クラシックをどう超えるか?」に彼らは心血を注いで作品を作っている。人が長い歴史の中で積み上げてきたものを、自分一人の人生に与えられた時間だけで越えようとすることは、とてつもなくパワーのいる仕事だと思う。私たちパティシエもそうだが、年齢を経るごとに今、自分は何をなすべきなのかを真剣に考えるようになった。それは、まるで砂時計の中を流れ落ちる砂のように、自分に残された時間がどんどん少なくなっていくことを明白に意識するようになるからだ。

自分は“先人”と呼ばれる仕事をしているのか?
昨日の自分に負けてはいないか?
一人でも多くの人を、お菓子で幸せにできているのか?

常にそう自分に問いかけながら、今年も1年がまた過ぎようとしている。おそらく、同じ想いを胸に抱きながら、新しい年を迎えることになるだろう。

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