17.04.25 (2/3ページ)
Vol.4

「素材力」2017夏。

伝染する熱い想い

「もしかしたら、このすばらしさを理解してくれる人がいるかもしれない」。そんな彼らの一途な想いはやがて伝染し、人から人を伝って私の元にも届く。通常なら、生産量も極めて少ないこのような商品は、一般の市場ルートに乗ることはない。さきほど挙げた宮崎マンゴーや抹茶・玉露、養老牛の牛乳をはじめとする“尋常ではないマニアックな素材”は、ほとんどが口コミによってしか手に入れることはできない。私のような素材マニアの元には、やはりマニアックな生産者の作ったものが自然と吸い寄せられてくるのだ。

マニアの連鎖から生まれるクリエイション

このようなマニアたちのクリエイティブな連鎖は、今年も数多くの出会いを呼んだ。老夫婦の華奢な腕でやんわり絞られるエグ味のない芳醇な柚子果汁と純米酒で造られる「ゆず酒」。実はもちろん、葉や枝もすべて手に入れて余すところなくショコラに用いた「完熟赤山椒」は、収穫の時期が違うだけで青山椒とはこんなにも香りが異なることに驚かされる。昔はあまり好きじゃなかった「ニッキ」も、シナモンとの違いに悩みながらも、その独特の香りに試行錯誤。さらに、葡萄の収穫祭をイメージして、「神戸ワインのカベルネソービニヨンとシャルドネの枝」を用いて燻製にしたショコラ。そして私の興味は、ガラパゴス諸島の固有種であるガラパゴスゾウガメが海の中で餌を採れるように進化した種族が現れたかのごとく、陸上から水中へと向かい、抹茶と同じようなアミノ酸の濃厚な風味香る四国は吉野川のアオサ海苔…ほかにもまだまだ多くの素材と巡り会うことができた。

「生産者マインド」に寄り添う

素材そのものの魅力を表現することが、今の私のものづくりの指針となっている。それは、生産者の方々の深い想いと努力を知るたびに、次第に自分自身のものづくりのモノサシが「生産者マインド」に近づいてきたからかもしれない。一般には理解されにくい孤独な戦いを続けてきたマニアックな生産者の想いを少しでも多くの人に届けるには、その魅力を深く理解し、お菓子の中でダイレクトに表現するのが一番伝わりやすいと思うからだ。

たとえばショコラづくりにおいても、これまでなら2種類のカカオのガナッシュを2層構造で組み立てて、「口内調理」のスタイルで口の中で一つに融合させるテクニックをよく用いてきたが、最近は1層・1種のカカオで、そのカカオの際立った個性と、組み合わせのメインとなる素材のポテンシャルのベストなマリアージュを生み出し、2016年に発表した「金木犀×チャンチャマイヨ63%」のように、あたかも2層であるような立体感のある香りと味わいを生み出すルセットを考えることが多くなった。つまりは、組み合わせはシンプルでありながら、カカオと素材の相乗効果を極限まで引き出した、真の意味での“シンプル・イズ・ベスト”を体現した作品を常に求めるようになったのである。

地方に眠れる宝物との出会い

時に、仕事で全国各地へと赴くことも多いのだが、そんなシチュエーションはまさに私にとって出会いの宝庫だ。先日は小山薫堂さんのワークショプで熊本県の天草に伺った。そこで ”塩仙人”と呼ばれる、塩づくりに真摯に取り組む生産者さんのマニアックな天然塩と出会うことができた。海のミネラルをたっぷり含んだその塩は実に旨みが強く味わい深い、そしてまろやか。一口含んだ瞬間から、何かとブレンドすることで味わいが一層生かされるのではないか?というアイデアがひらめく。バニラビーンズとミックスしてお菓子に応用する手法を一度は思いついたが、やはり同じ天草の産物とともに〜という「テロワールの力」に焦点を当てた発想で考えたのが、地元の天草茶の葉とブレンドして作る「お茶塩」だ。これでキャラメル・サレを作ることを提案したが、現地のみなさんにとっては非常に新鮮な視点だと驚かれた。その土地に何十年も暮らし、日々、目にし、口にするものはかえってその良さに気づかないことも多い。そこで、次回のワークショップまでに私は地元の皆さんにこうお願いした。「普段近くにあって、見過ごしている“良品”がきっとあるはずです。それを思いつく限りスナップして集めて来てくださいませんか?」

「普通」に秘められたパワーを引き出す

新しい素材との出会いと並んで、身の回りにある「普通」に潜むパワーを再発見して、掘り起こすこともまた、私にとってものづくりのプロセスにおいて欠かせない要素だ。最近、気づいたところでは、子どもの頃に普段のおやつとして毎日のように食べていた明治の「アポロチョコ」がある。今年で誕生45周年になるというギザギザの三角錐形をした小さな一粒は、トップは苺の香料を練り込んだホワイトチョコレート、ボトムにはビター系のチョコレートという、当時としては画期的な2層構造。苺とビターなカカオのマリアージュを、私たち世代は子どもながらに体験していたことになるのだ。

しかし、子どもの頃の感覚と大人になった今の感覚では大きく違う。だから私は、その記憶を再度見直し、蘇らせ、新しい経験値に基づく記憶へと更新させていく。シエラネバダ山脈のカカオと苺を合わせると、エレガントな大人のショコラに。ニカラグアのカカオだと、苺のチャーミングさがそのまま際立つショコラに…アイデアはどんどん膨らんでいく。さらに苺の果実だけでなく葉まで素材として使うことも含め、どんどんマニアックな領域へとクリエイションが膨らんでいく。いや、これをマニアックと言うべきではなく、これこそが「本当のカタチ」ではないかとすら思えてきている。私を含め“マニア”と呼ばれている人たちにとっては、極自然な思考の流れの中で生まれたものなのだから。

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