18.01.19 2018年1月号 月刊『YO-RO-ZU よろず』 「おいしい」の周辺③
第三回

[「おいしさ」の理由をひもとく ]

「エスコヤマ」をオープンした当初は、ケーキ職人と販売員だけを採用していた。いま、募集をすると、コピーライターを経て広報の仕事に携わりたいとやってくる人もいる。
 そうすると、かつて僕がやっていたことを、より専門的に担っていく人たちが集(つど)うことになる。そこで分かってくるのだ、ケーキ屋はケーキ職人だけの職場ではない、ということが。それどころか、いろんな人たちの力を借りなければ、「エスコヤマ」という生き物は操縦できないのだ。
 ケーキの好きな子はたくさんいる。ところが、親や先生が「つくる技術もないのにケーキ屋では働けない」と決めつけている。それでは、一人の人間の可能性の芽を摘み取ってしまうことになる。でも、少なくとも「エスコヤマ」にはケーキをつくれないケーキ好きのスタッフがたくさんいる。


さまざまな能力を持った人たちが集まっていても、問題は必ず出てくる。言い換えれば、現時点での“弱点”が明らかになる。その弱点を改善しない限り、先へは進めない。というよりも、弱点の改善が新しい可能性を開いていくのだ。もしかすると、お客様や「エスコヤマ」に関わってくださる人たちを惹きつけるのは、その弱点が改善された部分なのかもしれない。
 そもそも、当時自然しかなかった兵庫県の三田(さん だ)にお店を造ったのは、自然に囲まれた場所でおいしいケーキをつくりたかったからだ。そのときの八人のスタッフをどうにか食べさせていくためには、出張のコンサルティングもやりながら運営していこうと考えていた。
 ところが、オープン初日に商品が三時間でなくなってしまった。出張するどころではなくなった。それでも、「売るため」ではなくて、ちゃんとしたものを「つくるため」に、お店をやっていく気持ちは変わらなかった。そんなこともお客様に伝えられるツールが必要だと考えて会報誌もつくり、年々進化させてきた。
 でも、僕の考えとはまったく別の見方をする人がいるかもしれない。「売るためにやっているんじゃないか」と。そうではないということ、ケーキ屋をやることはこんなにも楽しいのだということ、それを分かってもらうためにいろんなトライを続けてきた。それもまた、“弱点”の克服なのだと思う。
 例えば、ギフトカタログをつくるとき、商品だけを見せるのではなく、自分が面白いと考えていることや疑問に思っていることなどもメッセージとして伝えるようにしている。つまり、お客様にお届けする一つの商品の「メイキング」が分かるようにするということ。商品の“周辺”も伝えていくということ。その姿勢しか理解を得る方法はないと思うからだ。
 現在、世界的にバニラビーンズが不足している。もし、十分な量が確保できるようになったら、僕はバニラビーンズをふんだんに使っためちゃくちゃおいしい商品をつくることに決めている。その日が早く来ることをワクワクしながら僕自身が待っている。そうした気持ちも率直に伝えようと思っている。
“周辺”や“プロセス”をオープンにしていくと、たくさんの人たちとの接点が広がっていくような気がしている。弱点の克服も、勘違いの解消も、「伝える」ことによってプラスに転換されるのだ。そうすることで、自分たちが本当にやらなければならないことが見えてくる。
 個人も、企業も、本当にやらなければならないことをやっていけば、それほど失敗することはないのではないか。「やらなければならないこと」は、お客様や社会からの要望や期待と同義だ。
 時々、若いスタッフに言う。「自分のつくりたいものをつくるだけなら、自分一人でやっておけばいい」と。会社、家族、チーム、そうした複数の人間の集まりには、必ず役割が発生する。その役割もまた誰かの要望であり期待なのだ。小山進に対して、社会の要望や期待、スタッフからの要望や期待、家族からの要望や期待、がある。逆に言えば、僕はそういう要望や期待で成り立たせてもらっている。そのことをしっかりと自覚しておかないと独善的になりやすい。
 デコレーションとアニバーサリーケーキの専門ショップ「ファンタジーディレクター」も、お客様の要望と期待に応える場所の一つだ。世界に一つの自分だけのケーキをつくらせていただくことは、ケーキ屋としては喜ばしいことだ。プロとして判断したときにおいしさを損なうものはつくれないので、そこはお客様とコミュニケーションを取りながら対応していくことになる。その対応力もまた要望と期待によって育てられる。


おいしいものをつくろうと考えていると、必然的に「おいしさ」の理由をひもとくことになるのだが、僕はそれが好きなのだ。
 ここで思うのは、好きなミュージシャンのコンサートに行くのは、なぜなのか? ということ。「音」が聞きたいからだけではない。バックの映像や舞台装置も含め、どんなパフォーマンスが見られるのかも期待感としてある。会場全体の熱気や、そこにいなければ味わえない高揚感もすべて含めて「音楽」なのだ。
 さらに、そのコンサートや舞台裏などが映像化されたDVDを見ると、その会場にいた自分が五感で触れたものを別の目線で追体験することになる。いわば「答え合わせ」のようなもので、そのときに「なるほど!」というもう一つの答えをもらったりする。それがまた音楽を楽しくさせる要因にもなる。
 ということは、「おいしさ」にも当然ながら、舞台装置や熱気や高揚感に相当する表現が存在するはずだ。そして、僕の「おいしい」を「なるほど!」と追体験してくださる人もいるはずだと信じてケーキをつくることができる。そういう関係性を一個のケーキが生み出している。その意味で、ミュージシャンもケーキ屋も同じ表現者だと言っていい。
 僕は、根本的に日本人の味覚も含めた感性やその表現力を信じているのだけれど、果たして今後もそれは維持し続けられるのだろうか? という不安も同時に持っている。だから、二つの意味合いを込めて、僕は世界的なコンクールに挑戦し続けている。
 一つは、洋菓子の歴史の長い外国の人たちに、日本人の味覚や感性ってこんなにすごいんだよ! と言いたいし、そこに気づいてもらいたいということ。特に関西ではお客様の要望のレベルの高さを肌感覚で感じる。「おいしいもの」だけでなく、「美しくて、面白いもの」という期待にも応えていこうとすると、必然的に世界レベルの技術が必要になっていくのだ。いつの日か、「チョコレートは、日本だよ!」と世界中の人に言ってもらえるようにしたい。
 もう一つは、僕と同じ日本人に、そういうことが僕たちには内在しているのだという自信を持ってもらいたいということ。それすら気づかずに日々を送っているのは宝の持ち腐れでもあるし、誰も賛成しなくても信念を持って進んでいく勇気も自信に裏付けられてこそのものだ。
 世界を目指してお菓子をつくったことなどない。タイトルも目的としていない。「世界への挑戦」でもない。ただ、日本人の代表として、日本人の味覚と感性を世界に表現して驚かせるために堂々と発表しているだけだ。その姿を、お菓子作りに携わる人以外にも、しっかりと見てもらい、僕の真意を伝えたいのだ。そうやって「がんばり」を引き出してあげたいと思っている。


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