18.10.04 2018年10月号 月刊『YO-RO-ZU よろず』 「おいしい」の周辺⑩
第十回

[ What A Wonderful World ]

僕のお菓子づくりは、自然界の中で自分が興味を持った食材やモノがベースになっている。


「つぼみの時はこんな香りがするのか!」「ほのかな酸味が爽やかだなあ!」というワクワク感から始まって、味のバランスを考えながら試行錯誤を繰り返し、どこにもない新作をつくっていく。
 そうした自分の感性が刺激を受けて、毎年のテーマが生み出されていく。二〇一六年のテーマ〈ヒューマン〉には、味噌や麹などの発酵食品を生み出す微生物と人間の共存の意味を込めた。二〇一七年は、新しい出逢いの中から自分自身が何かを発見した驚きや感動――それは子どもの頃の遊びの中での発見にも通じる――さらには、自分自身の可能性すらも発見していく喜びも含めて〈ディスカバリー〉をテーマとした。


そして、今年の「エスコヤマ」のテーマは、〈What A Wonderful World〉。例えば、石をひっくり返したその下には普段は見ることのできない世界が広がっている。あるいは、いちごのメインは実であり、茎やその根元の葉っぱに目を向けることはほとんどない。しかし、自分たちが目を向けないだけで、本当はとても不思議で面白いものが世の中にはたくさんある。そういうことが、自分が今まで思っていたよりも広くて奥行きのある世界を知る入口になっていく。〈What A Wonderful World 〉と実感するのは、そういうときだ。


〈ヒューマン〉〈ディスカバリー〉〈What A Wonderful World〉はそれぞれ別のテーマなのだが、前年からのつながりの中で生まれてきたものでもある。つまり、いま自分のやっていることは、それまでのことを土台としているから、経験や自信にもなるし、変革することもできるのだ。


〈What A Wonderful World〉を、ある香りで経験した。  昨年十月、フランスのレストランで食事をしていたとき、衝撃的な香りと出逢った。料理に胡椒のような使われ方をしていたそのパウダー状のものを、店の人は「カシスのつぼみ」だと言ったが、それを確かめるため、翌日にカシス農園を訪ねた。

そして分かった。あの香りはカシスの新芽だった!新芽は、そこから新しい茎を伸ばし、実を生らせ、次の世代を生み出していく。つまり、カシスの成長のエネルギーを内蔵しているものだ。指でつぶしてみると、胡椒の香りも、植物らしい香りも、カシスの香りも感じられる。「すごい!」。感動した僕は、カシスの新芽を譲ってもらい、日本へ持ち帰った。そして、新芽を煮出してチョコレートの材料にした。  けれど、何かが物足りない。あの香りの衝撃からいって、新作全体のタイトルになるくらいのポテンシャルは持っているはずだという確信はあるのに、出来上がったチョコレートの味としてはそこまで至っていなかった。


「なぜだろう?」と考えながら、フッと思い出した。ロマネ・コンティにならなかったワインを蒸留してつくられたフィーヌ・ド・ブルゴーニュというブランデーを知人からいただいていたなあ、と。そのブランデーのもとになっているブドウ畑と、カシスの新芽をもらってきた畑とは、車で数分くらいの距離しか離れていない。もしかしたら、同じ土地つながりで、あのブランデーを加えることで何かが変わるかもしれない。


 そこで、カシスの新芽の香りが含まれたチョコレートの下にブランデーのガナッシュを薄く敷いてみた。そうしたら、ベリー感の引き立った力強い味わいに変わった。これで、あの初めて新芽の香りに出逢ったときの驚きが一つ実を結んだ。
 後日、分かったのだが、ロマネ・コンティの生産者とカシスの生産者は知り合いだった。偶然であり、必然でもあるような、そんな物語も含んだ新作が完成した。


 あのとき「このカシスの新芽を使ったら、すごいことになるぞ!」という自分の予感があったから、足りないところを補うことができた。逆に言えば、衝撃や驚きを得た瞬間にどこまでイメージを展開できるかが決め手になる。そして、そのイメージに対して今の自分ができていること、できていないことを見極めて、「弱点を埋めていく」のが僕のやり方。弱点を埋めようとする試行錯誤が自分の力として身についていく。直感が自信に変化していくのは、そういうチャレンジの連続によるのだと思っている。


どんなイメージが浮かぶかによって、完成に至る八割が決まってしまう。残り二割は〝実験〟の部分。だから、いくら実験技術だけを高めていっても〝設計図〟は描けない。このことは、絵や音楽などアートにも当てはまるだろうし、職人の仕事にも通じるはずだ。 〝設計図〟の確かさこそが、作品のレベルを決定する。

「小山ロール」をつくるとき、焼き面がめくれない、高級ソファーの質感を持った、ちょっと懐かしいけれど斬新なロールケーキ、というイメージから出発した。「小山ぷりん」は、極力卵を減らし、その分、どこまで牛乳を前面に出していけるか、というところからスタートした。「小山チーズ」は、持てるか持てないか、柔らかさの限界に挑戦することを自分に課した。
 これらのイメージは、当然ながら、世の中のどこを探しても見当たらないものという点で共通している。エスコヤマのお菓子は、未知なる〝設計図〟づくりから始まっていくのだ。


カシスの新芽を使ったチョコレートのほかに三つの新作を揃えて、一つの「交響曲」とした完成させた。


〝NO1〟は、菊の花を使ったチョコレート「野菊の香り(花&葉)」。
以前にも菊の花のチョコレートはつくったことがあるが、僕のチョコレートにしてはおとなしい感じの味わいで、それも面白いと思っていた。ところが、その菊の花が手に入らなくなったため、探していたところ、驚くような香りの菊が台湾で見つかった。探していたものとは違うのだけれど、「これはすごい!」と直感した。そして、この菊の香りに合わせる要素としてひらめいたのが「苦み」。同じ菊の葉っぱが、それを担った。そこにカカオの酸味が加わる。もちろん甘みもある。これらの個性がバランスよくマリアージュされて、口の中で立体的に味わいが広がっていく作品になった。
〝NO2〟は、塩漬けしていないフレッシュな赤紫蘇をメインにした「赤紫蘇のプラリネ」。クエン酸の酸味が赤紫蘇のパウダーとマッチして風味を引き立て、砕いたヘーゼルナッツのプラリネがコクを与える。そのコクによって酸味が奥深いものになった。
和のテイストで口の中を落ち着かせた後にメインの〝NO3〟を用意した。これが先ほどの「カシスの新芽~ロマネ・コンティ フィーヌ・ド・ブルゴーニュのアクセントで~」。これを味わっていただくために、〝NO1〟と〝NO2〟が必要なのだ。
 そして〝NO4〟が「オアハカ~香りと刺激の二重奏~」。オアハカとはメキシコの都市で、そこで採れたトウガラシの燻製の香りをチョコレートに宿らせた。刻んだトウガラシとチョコレートを十日間ほど袋に入れて香りを移し、取り出したトウガラシだけを生クリームで煮出して辛みを抽出する。昔のメキシコの皇帝たちが飲んでいたトウガラシ入りのチョコレートを思い起こさせるものでもある。


こんなふうに、五感を働かせていくと、普通に見えているものの奥に、面白いものをたくさん発見する。その丁寧な見方が、限りある命や儚(はかな)いものへの関心を芽生えさせる。


世の中に潜むワンダフル・ワールドをお菓子を通じて世界中の人たちに感じてもらえたらと願って、僕はつくり続けている。


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