17.04.25 (1/3ページ)
Vol.4

「素材力」2017夏。

出会いを待っている地域の埋もれた素材たち

もう長らくパティシエという仕事をしているが、この世界にはまだまだ私の知らない素材が山ほどある。地域だけで知られている、あるいは生産者だけが知っている埋もれた素材に至ってはまさに未知数だ。本来の魅力を引き出し、活かしてくれる出会いを待っている地域の素材は、今も日本中のいたるところに存在する。それらを発掘してみなさんにお伝えしていくことは、パティシエにとっての大きなミッションのひとつだと思う。

例えば“宮崎のマンゴー”自体はブランドとして有名だけれども、実際にはいろいろな種類がある。私は以前から宮崎原産の柑橘類・日向夏を使ったショコラやお菓子を作ったり、現地の若手パティシエの育成に協力させていただいたこともあって、宮崎とは何かと深いご縁があった。それが幸いして、昨年から宮崎県産の極上の完熟マンゴーが、入手できるようになったのだ。エスコヤマのお客様はすでにご存知のように、これまでも沖縄県産や鹿児島県産マンゴーはいろいろなお菓子に使用してきたが、2017年夏に登場するものは、その市場価値の高さからこれまでお菓子に使用したいと思っていてもなかなか入手できなかった宮崎県産だ。農家の管理の行き届いた温室で、手塩にかけて大切に、大切に育てられ、完熟の時を迎えて自然落下したものである。この夏は、その熟した濃厚な甘みや南国の果実特有のフルーティーな気品ある香り、あふれるジューシーさを、「養老牛プレミアム小山ぷりん〜宮崎完熟マンゴー〜」として存分に楽しんでいただけたらと思う。

牛の気持ちになって味わう

従来ギフトとして登場しているエスコヤマの養老牛プレミアム小山ぷりんを味わっていただいた方にはおわかりいただけると思うが、その原料となる牛乳を出してくれる牛が食べる餌も季節によって青草(春~夏)と干し草(秋~冬)というように変わり、また牛が生活する自然環境などの条件によってもぷりんの味が変わってくる。暖かい季節のさらりと新鮮な味わい、寒い季節の濃厚でまろやかな味わい…1年中、いつでも冷蔵庫の中にある身近な牛乳という身近な素材でさえ、” 牛の気持ち “ になって味わってみれば、その微妙な味や香りの変化に気づくこともできるだろう。

シングルオリジンで抹茶・玉露を極める

また抹茶や玉露という素材においても、シングルオリジンが注目され始めたことによって、ますます多様化が進んでいる。今や抹茶や玉露は日本はもとより世界中に知れ渡るようになったが、そのグレードには大きな幅がある。もともと、抹茶や玉露の茶葉は各茶園から収穫された後に地元の加工業者に届き、一括してブレンド加工される。そのため、これまではおおまかな産地の区別はあっても、それ以前の茶葉のプロフィールを細かくたどることは難しかった。ところが、近年はコーヒーでもカカオでも、そして紅茶までもが単一品種に注目が集まる時代。最近になって運良く私も茶葉の品評会に出すレベルの単一品種の抹茶や玉露を手に入れる機会があり、そのクオリティの違いに圧倒された。長年お菓子作りに抹茶を用いてはいるが、このレベルのものは私にとっても初めてで、それを用いて作ったショコラは、海外のコンクールの審査員も絶賛するほどのグレードに仕上がった。

「知りたい気持ち」を満たす贈り物

「知らないことを、知りたい気持ち」が人々を突き動かす時代。今の世の中はそんな潮流の中にあるように思う。普段は手に入れることのできない素材で作られた、特別なお菓子…だからこそ人はそれを知りたくて、一度なりとも食べてみたいという気持ちになるのだろうし、その特別な一品を大切な人に贈りたいのだと思う。ワインやコーヒー、ショコラが世間で流行した理由にも同じことが言えるだろう。未知なるものを探して、掘り下げて、新しい知識に出会う旅を楽しむ、そんな食へのアプローチが、“グルメ”と言われる人たちの領域からもっと一般的なフィールドに向けて、徐々に広がりはじめているのだ。そして、新しい知識と出会ったら、それをSNSなどを通じて他の人にも早く伝えたくて仕方がない。「私、これ知ってる!」そんなメッセージをみんながこぞって発信する世の中なのだ。

尋常ではないほどマニアックな素材

私も含めて、そんな“知りたがりやさん”たちの欲求を満たしてくれるのは、各地でひっそりと深く、一つのことに取り組んでいるある種の“マニア”の人々の存在だ。 たとえば、先日、本年度のICA(International Chocolate Awards)に出品するための作品を20日間で50種類も製作したのだが、それらには今までに使ったことのないレベルの素材がたくさん用いられている。

中でも、まだ秋になりはじめたばかりの10月にシェフ本人が奥飛騨の山中に分け入り、一房ずつ手積みした閉じた状態の若いふきのとうを神戸の薪焼き料理店「bb9(べべック)」で頂いた時は、これまでのふきのとう料理のどの解釈とも異なり、その野性味溢れた香りは秀逸だった。以前にもふきのとうをショコラに使ったことがあったが、その時の花が開いた状態のものとは異なり、今回の蕾は香りの性質自体が全く異次元ですばらしかった。ふきのとうといえば、冬〜春先に収穫されるものだが、その蕾をシーズン前に苦労して取りに行く尋常ではない熱意の持ち主がいるのだ。自分しか知らないすばらしい味覚を、何とか知ってほしいというその一心で。

そして、かくいう私も2月下旬の2週間ほどで三田市内、篠山市、そして京丹後市とあらゆる友人のツテを頼り、そして、僕の相棒である庭師が中心となって「ふきのとう部隊」を結成してくれたお陰で、総出で開ききる前の蕾の状態のふきのとうをタイミングを逃さず掻き集めることができた。

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