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Vol.19

出会いをカタチにする精度

エスコヤマ19回目の夏

エスコヤマをオープンして19回目の夏を迎える。 おかげさまでこの夏も新たな人との出会いがあり、新たな素材との出会いがあり、新しいお菓子を生み出すことができた。毎年こうして新しいお菓子を皆様にご紹介できることを心からうれしく思う。 新たな出会いというのは、いつもふとしたときにやってくる。自分が何かを閃いて、探して見つけ出す、ということではない。 新たな出会いが勝手に、というと語弊があるかもしれないが、素材が僕のことを見つけ出してくれたのかと思うぐらい、気づけば目の前に現れる。 そんな出会いによって、今夏2つのアイテムを創作した。


1つめは、「小山ぷりん」の新しいバージョンの2種。2つめは、シングルオリジン(単一品種)の抹茶を使った小山流バウムクーヘン。 この2つのアイテムの誕生の背景には、コロナ禍による創作環境の変化が大きく影響している。 少し前まで、この夏はさすがにコロナの話は触れなくてもいいのではないか、少しずつでも外へ出て行く機運が高まっていくのではないかと思っていたが、残念ながらまだそのタイミングではなかった。 そこは当てが外れたが、どんな変化があったかというと、まず外へ出ないのでインプットの機会が圧倒的に少なくなった。 それだけを言えばマイナスなことだが、それにより、思いついたことや出会ったものに、他の素材に惑わされることなく直線的に向かうことができた。 それはプラスだ。 そして、身近なものから得たインスピレーションも、ものすごく深く敏感に察知できるようになった。 それにより試作の精度がより上がった。 その証拠に、2つのアイテムの開発にかけた日数はとてつもなく短かったのである。

ラーメンのスープから得たインスピレーション

最近僕は休みのたびに、ラーメンを創っている。 はじめは麺づくりにハマった。 僕たちの仕事のなかにも粉を練る仕事はあるが、全く違うのが練り上げて切ったものを“湯がく”ことだ。 自分で作った麺はつけ麺用としてはそこそこ美味しくでき上がるが、温かいスープに入れるとなるとまだまだ。 納得がいく完成度には達していない。 僕が今使っているパスタマシーンでは、断面が凸凹で一瞬のうちにカット面から水分が入ってしまい伸びてしまう。 しかし、この問題を解決する方法は分かっている。 最近僕の話によく登場するのでご存じの方も多いと思うが、丹波篠山の“裁ち切り蕎麦”一眞坊(いっしんぼう)さんの蕎麦の考え方だ。


生地を打った後、一本一本に切る工程での麺の切り方次第で、麺に水分が入っていく速度が抑えられるのである。 実際に自分がやってみて、一眞坊さんが“裁ち切り蕎麦”を商標登録されている意味が正しく理解できた。 それを大将に話したいと思って、先日訪問したら「わかったか」と一言。 つまり、つけ麺用の麺のように湯がいた後にパッと冷やしてギュッとコシが出るものは断面をそこまで気にしなくてもよいが、温かいスープに浸ったままになるラーメンの麺を創り出すには、ものすごくよく切れる包丁で、切るテクニックを磨くか、そういう機械を買うかしかないのである。 そこに時間をかけるのは今じゃないと思ったので麺については一旦止めて、今はスープを極めようと頭を切り替えた。


はじめは鶏ガラと魚介系を合わせたスープだったが、最近はもっぱら「鶏白湯」。 当初、スープの濁りは、丸鶏の肉などの素材由来の“濃さ”だと思っていた。 もみじや皮から出るゼラチンも、必要だとは思っていなかった。 エスプーマみたいにして泡立てるために使えるというぐらいにしか考えていなかった。 しかし、あるときふと、「なぜ、ラーメン屋さんって丸鶏を使うのか?もみじを使うのか?ガラを使うのか?」と、それぞれの役割を考えてみようと思ったのである。


そう思いついたときには丸鶏なんて手元にないので、冷凍庫に入っていた鶏のもも肉でダシを取り、皮から取った鶏油も入れて、その乳化を助けるためにと家庭用のゼラチンをふやかして入れたらどうなったか。 バーミックスをかけたら、1時間経っても分離しない(乳化した状態の)スープができた。 ゼラチンがいい仕事をしてくれて乳化状態を長持ちさせてくれるのである。 これでわかった。 基本がわかったのであとは自分がどんなバランスで味を出したいか次第。 スープははじめ澄んでいて、濁っていたのは濃さではなく、スープと油脂分の乳化が生み出しているんだと。 そうして「これ、お菓子でも使える」という発想に辿り着いたのである。


この鶏白湯を追求している間に一つの出来事があった。 僕は、流行りに敏感じゃないし、むしろ流行りに興味が無いけれど、スタッフのなかには流行りに興味がある者がいて、「今バターがきているみたいです」と、バター屋さんのシンプルな「バターサンド」を持ってきてくれたことがあった。 レーズンも入っておらずシンプルだったが、それがものすごく美味しかった。シンプルなのが逆に新鮮で潔い。 お菓子づくりにはバターを本当によく使うし、油脂分という意味ではチョコレートもカカオバターという油脂分を含んだ素材なので「乳化」がポイントになるお菓子もたくさんある。 その「乳化」が新しい切り口となって、新しいお菓子になりそうな予感がすごくする。 そういうことを考えていると、バターを活かした新しいバウムクーヘンもできた。 こちらを皆さんにお届けできるのは今年の冬の予定だ。 今回の創作でバターという油脂分と向き合うと、面白いことがいっぱいあることに改めて気づかされた。

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