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Vol.19

出会いをカタチにする精度

シングルオリジン抹茶を表現できる時代に


続いて生まれた新作は、「そろそろ誰かシングルオリジンの抹茶などを紹介してくださるようなことがないかな」と思っていたら、なんとSNSのメッセージで「シングルオリジンの抹茶をぜひ紹介したい」と京都のお茶屋さんから直接コンタクトをいただいたことがきっかけで誕生した。 そのときは、ボンボンショコラを季節提案したいと思っていたタイミングだった。 ロジラのボンボンショコラ販売スペース「1000‰(パーミル)」に、お茶が旬の季節にシングルオリジンの抹茶数種類が並んでいる、ということもやってみたいことのうちの一つだった。


また、シングルオリジンの抹茶ばかりを6種類、1箱にセットにして販売する、ということもいずれは実現できたらいいなと思う。ハマれば絶対に楽しいだろう。しかし、そんなマニアックなことを何の準備体操も無くスタートしてもすぐには市民権を得られない。 だから、いずれそういったセットを出すための予行演習として、6種類のなかで僕が好きな品種を分かりやすく表現した3種類のボンボンショコラを1000‰で単品販売しよう、という考えだった。


正直、はじめは「本当に違いが分かるか?」と思いながらお茶屋さんの提案を聞いていた。 しかし、実際にガナッシュにしてコーティングもかけて品種ごとにビター、ミルク、ハイミルクなどコーティングも特徴に合わせて使い分ければ、違いがはっきり分かるレベルになった。 結果的に選んだのは、「あさひ」「おくみどり」「ごこう(五香)」の3種類。形は3種類とも同じなので、見た目はコーティングの違いで表現するしかないなと思っていた。 むしろ、そこに着地したいと思いながら試作と試食を繰り返した。


ボンボンショコラはすでに「抹茶」というアイテムがあるのでその配合をベースにすぐ試作ができるが、「おくみどり」という品種は濃茶で使われることが多いと聞いていたので、配合も多く入れた方が「おくみどり」をご存じの方には伝わりやすいと思い、1回目の試作の時点ですでにそうしていた。 断面の色も違えば、味わいも違う。そして、濃さではっきりと違いを体験できるほうが分かりやすい。


「おくみどり」は必要な選択だった。 「おくみどり」の濃さには、ミルクのコーティングを合わせた。 「あさひ」は多くの方がご存じの高級品。 しかし上品で繊細な味わいは特徴の表現が難しいところ。 多く入れればいいわけではない。そこはコーティングをハイミルクにしたときに面白いことが起きる可能性があるな、と思っていたらうまく表現できた。 バターや卵など、何に合わせてもしっかり味わいを感じられる「ごこう」は6種類のなかでも目立つ存在だった。 コーティングがビターでもびくともしない。 その特徴から、「ごこうは絶対にケーキに合う」と確信もできた。

そうしてバウムクーヘンに「ごこう」を使い、「小山流バウムクーヘン 〜シングルオリジン抹茶 五香~」を創り上げたのである。 今までエスコヤマで抹茶のお菓子をつくるとき、玉露以外はブレンドした茶葉を他のお茶屋さんから仕入れたものを使っていた。 もちろん、それがだめだと言っているわけではなく、ブレンドの良さとシングルオリジンの良さは全く違う。 ブレンドはチームプレーみたいなところがあり、「この品種があることでこちらの品種のここが輝く」「色はこの品種が一番」など、特徴を補い合ってより味に厚みが出る。逆に単一品種は味が単調になってしまうんじゃないかと思っていたらそんなことはなかった。 ショコラに選んだ3種類はそれぞれ味に特徴的な味わいや旨み、そして深みがあり、ガナッシュ用のクーベルチュールとコーティングの組み合わせでよりはっきりとその特徴が表現できた。 数々のボンボンショコラを生み出してきた経験の蓄積によって、3種類のコーティングを持つエスコヤマはシングルオリジン抹茶の表現ができる準備ができていた、といえるかもしれない。

相手の予想を超えるために必要な“勘”

この話にはおまけがある。 3種類に決めてすぐに、ショコラティエの中川に「試作した6種類をお茶屋さんにも送って」とお願いをした。 3種類を選ぶための試食の間、僕が「これが美味しい」と言ったら中川も「美味しいです」と言って、“言われたら美味しい”という感じでいざ「自分で決めてみなさい」と言ったら恐らく僕が選んだものとは違うものを選んでしまうだろうな、という状態だった。


こういう、何かを選ぶような場面では多数決になることも多いと思うが、新しい味わいを創り出す、というのは多数決ではない。 むしろ、多くの方が「わからない」と言われるかもしれないものも、自分の味覚や感覚を信じて出さなければならないことのほうが多い。 僕がわかったからと言って、スタッフがそれを全てわかるわけではない。 お客さまにもすべて理解していただけるわけではない。 それは、僕がすごいとか、そういうことを言いたいのではなく、僕が楽しいと思った味を、お客さまにもスタッフにもいつか届けたい。 それが僕のモノづくりを続ける理由なのだ。


「どうやったらスタッフの皆にも僕に近い感覚が伝わるかな」と考えた結果、お茶屋さんにも手伝っていただこう、と思ったのだ。 すると、お茶屋さんは全く同じ3種類を選ばれた。 僕はそのお茶屋さんが本当にお茶のことをよくご存じで、味覚もしっかりされた方であれば、それを選ばれるはずだと思っていたので当然の結果だった。 しかし、スタッフは皆、その結果を知って初めて心からの「すごい」に変わったのではなかろうかと思う。

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