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Vol.9

エスコヤマ・ペディア 2018 ~あなたのまだ知らない、エスコヤマ雑学~

es koyama-pedia 05 思い出の大きな木とクワガタ

「クワガタ式マーケティング」から生まれた エスコヤマのバウムクーヘン。


これまでにも話したことがあるが、私がクワガタ採りに夢中になったのは幼少期、母の実家のある兵庫県加美町(現・多可町加美)で過ごした夏休みにまで遡る。田舎育ちの母は私にクワガタのいる樹の見分け方や、天気、湿度などによってその日、クワガタが採れるかどうかを教えてくれた。不思議なことに母の言う通りにすると、必ずと言っていいほどクワガタが採れる。万一ダメな時は、先にプロの採集業者が来てすでに現場を荒らした後だ。だから、私は子どもなりに業者のおじさんは何曜日の何時ごろ来るかを近所の人に聞いて調べ、空模様を眺めては想像力を働かせてクワガタ採りに挑んでいた。そうした経験は、大人になってからも活かされることになる。何かの課題に向き合う時、まずはアンテナを働かせて周囲の状況を詳細にリサーチする。その上で、課題への対処法をじっくりと推理する。私がクワガタ採りの時に自然にやっていたことはすなわちマーケティングだったのだ。

そんな考えが沁みついていた私がエスコヤマにふさわしいギフト商品を作ろうと考えた際、「ウッディタウン」「ゆりのき台」という地名から、何か木にちなんだお菓子を作ろうと考えた。リーフパイという案もあったが、製菓機器メーカーさんの勧めもあり、その当時、個人店としては非常に珍しい専用オーブンを導入してのバウムクーヘン開発に取り組むことになった。

その時代はちょうどクラブハリエさんのふんわり食感のバウムが話題になり始めていた頃。それまで主流だったバウムクーヘンの王道・ユーハイムさんのドイツ伝統の製法にのっとって焼き上げるタイプの生地とは何が違うのか?徹底して研究を重ねた。ロールケーキもそうだが、バウムクーヘンという定番中の定番のシンプルなお菓子において、他との差別化を図るにはよほどの個性が必要だからだ。

ふんわり、しっとりタイプのバウムが人気を博した背景には、「ふわふわ・柔らか」が美味しさの基準になったという時代的なニーズがある。平成世代は昭和世代に比べてアゴが小さくなっているとも言われ、とにかく硬いものを食べるのを面倒がるようになった。ただ、伝統的なバウム生地にも"噛むほどにバターとマジパンの旨味がにじみ出る"という利点もある。時代が求める柔らかさと生地の旨味を活かして口どけを良くすることを何とか両立させられないだろうか? 試行錯誤を重ねた後に生まれたのが、卵立ての軽い生地にアーモンドプードルを練り上げた自家製マジパンを加えて、しっとり、柔らかに焼き上げるエスコヤマ流の生地だ。


夏になるたび、今も私はお店の周辺でクワガタのいる樹をよく見つける。実際に見つけたクワガタを採集するときには手が震えるほど気持ちが高まる。私がこの場所を選んだのは、ビジネスのセオリーとは全く関係なく、ただ純粋に子どもの頃の感性と好奇心を忘れない場所でお菓子を作り続けたいと考えたからだ。そんな、"ものづくり脳"を活性化させ、心のトキメキをくれるこの三田の地に私のホームベースを構えたことは、今も正解だったと思っている。


es koyama-pedia 06 「出会い」が店を成長させる

自分がやるべきことは、高い志と出会う人との関係から生まれてくる。


まだエスコヤマをオープンして間もない頃、パティシエの先輩から 「小山はこの店をどんなケーキ屋にしたいんや?」と尋ねられた(先輩の言う「どんな?」とは、「パターンA,B,Cのうち、どれを目指すのか?」という意味である)。 私が「まだよくわかりません。ケーキだけじゃ自信ないですし…」と答えると、「今ごろ何言うてんねん!?」と叱られた。 「じゃあ先輩はご自分の店をどうしたいか、もう見えているんですか?」 「当たり前や、俺がどれだけたくさんのケーキ屋(のパターン)を見に行ってると思う?」「それって、やらないといけないことなんですか?」「やらないより、やった方がいいだろう……」


先輩がおっしゃりたいことは理解できるが、私の真意はわかっていただけなかったようだ。 私が考えるに、他の店を研究しても、自分がやるべきことは見えてこない。 大切なのは様々なお客様と出会い、我々に対する期待を正面から受け止め、常に高いクオリティの商品を作ろうとする高い志を持つことだ。 そんな姿勢に何かを感じ取られたお客様が、お店に集まってきてくださっていると思う。

お客様がどうやったら喜んでくださるか、それはお店を最低5年ぐらいやってみないと見えてこない。 5年ぐらいたってようやく、店の輪郭が出てくるのだ。最初はお客様が求めておられる商品を手探りしたり、行列でご迷惑をおかけしているのをどう解消するか工夫したり、そんな様々な事情の中からいくつものお菓子が生まれ、育まれてきたのがエスコヤマという店だ。こうして文章を通してお客様に想いを伝えるという行為も、やるべきことの延長線上にあることだからだ。


es koyama-pedia 07 人とともにお菓子は進化する

毎日小山ロールを作っているのは 薄永久司というパティシエだ。

エスコヤマの生菓子部門の部長が小山ロールだとしたら、 小山ぷりん、小山チーズなどはその援護射撃をしてくれる課長的な存在だ。 本来ならぷりんとチーズは発送できるギフト寄りの生菓子としてもっとお互いに競争して成長して欲しいと思っているし、ギフト部門の部長であるバウムクーヘンの後にも様々な種類のケイクなどの商品が控えている。 年々商品の数は増えてはいくが、やはり小山ロールはエスコヤマにとって特別な存在で、その製造の現場もまた特別な場所なのである。


これまで歴代のパティシエたちが主力商品の小山ロールを作り続け、ここまで育ててきてくれた。 現在、その現場を仕切っているのは薄永久司というパティシエだ。 彼は入社以来、バウムクーヘンやコンフィチュールなどいろいろな部署を経験してきたが、正直、あまり目立つ存在ではなかった。 それが昨年、小山ロールの担当になってから少しずつ変化が見え始めた。最近では小山ロールの試作を毎日のように持ってきては私に意見を求めるようになり、良いものを生み出そうという意欲が日に日に成長しているように思う。ある意味、今やっと職人としてのスタートラインに立ったと言える彼が、これからの努力によってひと皮もふた皮も剥けてくれることを祈っている。 小山ロールを含めた全てのお菓子はお客様によって、そして作り手によって進化し続けるのだから。


パティシエ エス コヤマ
小山 進


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