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Vol.11

15年目のグランド・デザイン
エスコヤマが今だからできる、これから目指したい、
こんなこと、あんなこと。

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Cafe es living hanare

関西の食のパワースポット 三田の恵みを集めて。


食の仕事に携わる者にとって、六甲山のちょうど裏側に位置する三田という街は実に魅力的な土地だ。 なだらかな丘陵地帯に広がるその街並みは都市と農村の両方の顔を併せ持ついわゆる“田園都市”の典型。 米や野菜、苺、牛乳、チーズ、そば、お茶、牛肉など多彩な食材がここで育まれている。 さらにその周囲には丹波市、篠山市、西脇市といった肥沃な農業地帯が連なり、ここはまさに関西の上質な食材が集うパワースポットだ。


15年前、エスコヤマを始めたばかりの頃はまだブルーベリーや木苺などを作っている生産者さんは少なかったが、現在では多くの生産者さんたちが私たちパティシエが必要とするさまざまな種類のフルーツを作ってくださるようになった。 味のレベルも最近ではどんどん向上していて、エスコヤマでも多くのお菓子に利用させていただいている。


また、手間のかかる無農薬野菜や有機肥料栽培などに挑戦している若い農家さんも多く、es living hanareでも三田で長年土づくりから丁寧に取り組まれ、野菜そのものが持つ甘味や苦味、香りなど力のある有機野菜を育てられてきた農家さんの野菜で作る「情熱サラダ」をはじめ、採れたての野菜の美味しさを生かした一皿やお菓子を提供させてもらっている。 さらに、三田牛を用いたバーガー、秋になると登場する三田産の利平栗を用いたバウムクーヘンや牛乳菓のマッテルなど三田にいるからこそ手に入る上質の食材を使ったメニューが年を追うごとに増えている。


それもみな、三田での15年の歩みの中で多くの生産者の皆さんと出会うことができたからこそ作ることができるものばかりだ。 私たちエスコヤマは、食材の生産者の皆さんはもとより、この三田の自然と大地にも感謝することを忘れてはいけない。


object 05
Chocolatery Rozilla

不思議なレシピに隠された おいしさの秘密。


現在、多くのお客様にとってショコラトリー「Rozilla」を代表するアイテムといえば、「チョコロジー」シリーズをはじめとするボンボンショコラだろう。 しかし、私が初めてショコラトリーを立ち上げた時に発表した、“チョコレート好きのためのチョコレートのお菓子”の魅力については、まだご存知ない方もいらっしゃると思うので、この機会に少し紹介しておきたい。 その代表と言える商品が「奏(そう)」である。


ふんわり弾力のあるチョコレートのスポンジとミルクチョコレート・ガナッシュだけで構成されているシンプルなお菓子だ。 僕がケーキ屋になった頃、スイス菓子ハイジの「アルハンブラ」と「フランクフルタークランツ」の2つのお菓子が、シンプルでありながらビックリする美味しさだった。 すごいなぁと思っていたが、当初はお客様としての目線での「すごい」だった。 そして実際に現場で働くようになって「なぜすごいんだろう?」という視点が生まれた。 「アルハンブラ」のようなケーキは普通、出来立てを食べるのであれば「チョコレートサンド」だ。 しかし、ハイジではギフトの商品として販売されていた。 エスコヤマもギフトとして「奏」を販売している。 ではなぜ、ギフトとして成立するのか、当時は分からなかった。


しかし、月日が経ちいろいろなことがわかってくると、「なるほど、こういうことか」と分かった。 奏のスポンジは一般的なチョコレートスポンジとは異なる配合。 全卵の中の特に卵白と砂糖が結びついて、いわば空気を含んだ“わたがし”のような状態で焼きあがり、オーブンから出たときはわりとカチっとしている。 冷めると固まった糖分が水分を放出、最終的にはスポンジ内に閉じ込められ、あの特有のしっとり・ふんわりとした食感が生まれ、時間が経ってもその食感は失われない。 あんなスポンジは他には無いし、あれを理解するには、かなりの経験と感覚、センスが必要だ。 だからといってこんな科学的なことをお客様の前で申し上げたとしても、すべてが伝わるとは思っていないが、今の僕の経験をもってしてみても、このスポンジの見事さ、レシピの美しさには今でも驚く。


しかも、使っている材料は「全卵、砂糖、小麦粉、ココア」だけである。スタッフにも、このレシピの意味をしっかりと理解して、小山ロールと同じように大事にしながらこの生地とともに育ってほしいと思う。 やはり深く考えなければ、この生地のすばらしさは分からない。 エスコヤマでこの商品を継承できているのはやはりこのレシピの意味が分かったからだと思う。 これからも大事にしていきたいお菓子である。 今でも時おり「『アルハンブラ』ってエスコヤマさんにもあるんですか?」というお問い合わせをいただく。 それだけ味の記憶に鮮明に残る商品を開発した前田社長には心から尊敬の念を抱かずにはいられない。


エスコヤマの「奏」は、そんな前田社長のレシピに私なりのアレンジを加えて完成させたものだ。 アルハンブラは、サンドしているガナッシュをバンバン立てていた。 立てると口どけは良くなるが冷蔵庫へ入れるとそこだけが固くなってしまうので、それが僕はあまり好きではなかった。 エスコヤマでは空気を入れないガナッシュにしているので、冷やしてもガナッシュは滑らかな食感をキープしたままになる。 ぜひこの季節にもショコラトリーに足を運んでいただき、試していただければと思う。


object 06
Secret base for kids 未来製作所

ケーキ屋としての原点回帰 「夢ふっくら」。


ハイジ時代、よく前田社長から、「こういうお菓子創れる人にならなあかんで。 お前、生ケーキはどんどん作るけど、こういう単品主力商品を開発できる人間になって初めてホンマもんや」と言われていた時に例に挙げられていたのが、「かまくらカスター」である。 暗に「生ケーキは誰でもできるやろ」と言われているようだが、今となってはその意味がよく分かる。


実際、僕はハイジにいる間にドーム型の「ゲルベバルーン」というはちみつをたっぷり使った単品主力のお菓子を開発した。 かまくらカスターとは全く違って、はちみつの風味がすごく感じられて美味しいお菓子なのだが、はちみつが多すぎて焼き上げても、特定の人しか型から抜けなかったりもした。 出来上がった当初は「やったー!」と思っていたし、確かに定番商品になったが、前田社長のおっしゃっていたレベルの「単品主力」にはほど遠かった。


そして、なぜこの話をしたかというと――。 ハイジを卒業してコンサルとして各地を回っていた時代に、のちに小山ロールの生地となる生地を開発するに当たって、ゲルベバルーンを焼いてみたことがあった。 2000年頃だったと思う。 その時は「なんやこのバランスの悪い生地は」という感想を持った。そして後に小山ロールが完成したが、完成当時は「ゲルベバルーンよりもかまくらカスターに近い生地ができた!」と思ったことは記憶している。 完成時はドーム型の型で焼く発想は無く、むしろシートで焼けたことに満足感があり、それを当時はロールケーキにしただけだった。


それから十数年経ち、未来製作所をつくり、「そうや、あの時のあの形でお菓子を出したら・・・・・・。 子どもたちはドーム型のカスタードケーキは好きやろなぁ」と思って、小山ロールの生地をドーム型の型で焼いてみたところ「やっぱり!」と予想は的中。 かまくらカスターのようなお菓子ができあがったのである。 もちろん微調整はした。 昔、前田社長から「これを越えろ」と言われてハイジの在籍中にはできなかったが、自分で店をやる、となったときに記憶のどこかにその言葉は残っていて、それを目指している自分がいた。 そうして、小山ロールの生地が完成して更に十年ほど経ってから、目指していたドーム型のお菓子が完成した。


今思えば長い道のりだったが僕の中では結構面白い話である。 実際、前田社長が初めてエスコヤマに来られたときに「なんでこれ、ハイジにおる時にやらへんねん!お前はホンマにズルいやつや」と言われたが、あの時の社長はうれしそうだった。 今頃社長は天国できっと笑っているだろう。 かまくらカスターに始まり、それから何十年も経って、そこにやっと辿り着いたという感覚だ。 前田社長から言われ、自分でも若い頃に「すごいな」と思ったお菓子をベースに創られて、やっとここに返ってきたお菓子を、お子さまを通じて、大人の方にもぜひ召し上がっていただきたいと思う。 それが、未来製作所の本来の意義だから。


object 07
Confiture and macaroons Co.&m. es

アーモンドプードルにかける 一手間が味の違いを生む


自分で言うのもなんだが、エスコヤマは普通では考えられないような手間をかけてお菓子を作っている。 特にマカロンはそうだ。 というのも、マカロンコック(皮)は、アーモンドを挽いて自分たちでアーモンドプードルをつくるところから始める。 マカロンを自分のお店でやろう、と思っている人なら誰しもそこに行きたい、と思っているのではないだろうか。


サンドしているガナッシュや、使用した素材の組み合わせから生まれる味の変化などに注目されがちだが、やはり僕が皆さんに自信を持って勧めたいのがマカロンコックである。 ピエール・エルメ氏がラデュレ時代にマカロンをいろいろと進化させ、独立されてからもさらに進化させて、という昭和から平成の時代にかけて僕たちは同じ時代にお菓子屋として、やはり当初は僕も彼のようになりたいと目指してきた。 それは何かというと味の妙技よりも、マカロンコックである。 co.&m.が誕生する前は、エスコヤマのマカロンといえばショコラトリーの『MC-07』が主体だった。 MC-07はスイスのチューリッヒにある老舗パティスリーのマカロンからインスパイアされて誕生したものだ。 細かく挽いた繊細なアーモンドプードルを用いているため、焼き上がりもつるんと陶器のようにきめ細やかだ。


それに対しco.&m.のマカロンでは、スペイン産マルコナ種のアーモンドを専用のグラインダーで粒度を調整しながら挽いて用いる。 マカロン生地表面のザラザラとした感触や、ほろほろ・しっとりとした食感、ナッティで濃厚な味わいはこのプードルから生まれるものだ。 さらに、プードルを挽いてすぐに生地を作って焼き上げることで、プードルが持つ風味をフレッシュなまま保つことができている。 そんな小話を頭に入れていただきつつ、co.&m.とMC-07のマカロン比較をしていただくのも面白いかもしれない。


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